大人の修学旅行・京都奈良の国宝建造物

奈良公園1 奈良公園2 京都市内1 京都市内2 法隆寺

茨城県からは高校、中学校が修学旅行の対称となっていました。
大人になって何となく、まだ子供の頃の記憶が有って
観光客の多い清水寺や奈良公園、法隆寺を避けて
一般の人が行かないような穴場の建築探訪を続けてきました。
そこで気が付いたのは修学旅行で行った観光地の建築の写真が無いということだった。
コロナのせいで格安で京都奈良に行けることに気が付いて、早速行ってきました。

興福寺北円堂 興福寺三重塔 興福寺南円堂 興福寺中金堂
奈良市登大路町48 奈良市登大路町48 奈良市登大路町48 奈良市登大路町48
竣工/1210(承元4年) 竣工/鎌倉時代 竣工/1741(寛保元年) 竣工/2018(平成30年)
ko1★国宝 ko2★国宝 ko3★国指定重要文化財 ko4★
朝一番、京都を出て数回乗り換えをして近鉄奈良駅を降り、商店街の裏側にある興福寺の三重塔を目指した。ところがいきなり北円堂の前、大分前に来た時とは環境が替わっていた。 気を取り直して、地図を見ながら戻り、三重塔を探した。北円堂と商店街の間の傾斜地にひっそりと立っていた。朝一番に来たため、廻りには人影はなく、独り占めをして写真を撮った。 北円堂と対になっている南円堂は西国三十三所の札所になっている。朝早くから礼拝に来ている人がいた。建物は江戸中期の建築で参道側に唐破風の付いた配所が付けられている。 新しい中金堂が立っていた。前に来た時には古い中金堂が有ったので周りを見回しても無かった。後で調べてみると平成12年に以前の堂は仮堂であったので、解体したとのことである。

 

興福寺 菊水楼本館・旧本館 菊水楼旧本館 春日大社境内社
奈良市登大路町48 奈良市高畑町1130 奈良市高畑町1130 奈良市春日野町160
竣工/1426(応永33年) 竣工/1901(明治34年) 竣工/181(明治24年) 竣工/
ko5★国宝 kk0★国登録文化財 kk1★国登録文化財 ks1★
興福寺五重塔の前に出て、写真を撮ろうと構えたが逆光で良いアングルが無い。正面から撮るのはここしか無いとあきらめて撮った写真である。興福寺に分かれて、境内から道路のほうにでる。 これで興福寺は終わりにして、春日大社に向かった途中に古めかしい建物が有ったので、何かと思って近づいてみたら観光旅館であった。菊水楼と看板が出ていた。塀の少し脇に看板が有った。 国の登録文化財の看板であった。写真の建物は本館で明治34年の建築、多分見えないところにある旧本館は開業した時の建物で10年前の明治24年のもの。目の前に春日大社の一の鳥居がある。
長い境内を歩くとあちこちに境内社が有る。小さな見世棚造の社殿である。春日大社の中は春日造、切妻、妻入り、前面に庇が付く形である。流造は屋根が伸びるので低い、春日造は前面明るい。

春日大社

春日大社着到殿 春日大社南門 春日大社摂社若宮神社細殿 春日大社摂社若宮神社本殿
奈良市春日野町160 奈良市春日野町160 奈良市春日野町160 奈良市春日野町160
竣工/安政4年(1857/江戸末期) 竣工/1382(永徳2年) 竣工/1613(慶長8年) 竣工/1863(文久3年)
ks2★国指定重要文化財 ks3★国指定重要文化財 ks4★国指定重要文化財 ks5★国指定重要文化財
長い参道を急いで登ってきて最初に目にするのが着到殿である。本来は遠くから参拝に来た人がここで服装を正してから、本殿に礼拝するところという。 やっと、春日大社の本殿前の南門に着いた。門前の看板を見ると開門時間は9時とあり、まだ少し時間がある。地図を見ながらどうしようとと考え、若宮に行く。 歩くと古そうな建物が見る。かなり細長い建物である。妻側を見ると2間の身舎に1間の庇、奥行きは10間もある。手前の細殿3間、廊1間、神楽殿6間である。
本殿は少し遠く、近寄れない。細部が見えないので建立年は不明。帰ってから調べてみたら幕末の建物。ここからもう少し歩くと新薬師寺の境内である。

 

春日大社中門・御廊 春日大社本殿 春日大社藤浪之屋 若草山
奈良市春日野町160 奈良市春日野町160 奈良市春日野町160 奈良市春日野町
竣工/1613(慶長8年) 竣工/1863(文久3年) 竣工/宝暦10年(1760) 竣工/享保3年(1718/江戸中期)
ks6★国指定重要文化財 ks7★国宝 ks8★ ks9★
拝観時間になったので受付で拝観料を払って参拝。本殿は回廊内に有るので見えるところが無いか。あちこち探したが無かった。 後ろ側に廻って、後殿と御廊の透き間からやっと本殿後ろ側が見えた。右側上に見えるのは内侍門の屋根。御廊の手前は風宮神社。 藤浪之屋に入ると真っ暗闇、その中に春日万燈籠神事の再現 を見ることが出来る、撮影可とのことでフラッシュ無しで撮影した。 春日大社を出て裏道から若草山に出る。コロナのせいか、並んでいる土産物屋、奈良刃物の店もすべて閉まっていた。鹿も寂しく草を食む。

手向山八幡宮

手向山八幡宮若宮本殿 手向山八幡宮宝庫 東大寺法華堂経庫 東大寺法華堂
奈良市雑司町手向山 奈良市雑司町手向山 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 
竣工/1691(元禄4年) 竣工/奈良時代 竣工/奈良時代 竣工/奈良・鎌倉時代
th1★県指定文化財 th2★国指定重要文化財 td1★国指定重要文化財 td2★国宝
若草山から降りてきて、鎌倉時代建立の手向山八幡宮の住吉社本殿を探した。すぐ見つかるだろうと探索したが前順部不足で見過ごす。 あきらめて、本殿の方に向かったが見つからず、見えている社殿を撮影。帰ってから調べたところ若宮本殿であることが判明。門前に宝庫が。 すぐ脇にこれも手向山八幡宮のものかと、ひと廻りすると法華堂経庫と判る。奈良時代のものが見えるところにあるのがうれしい。 経庫から向かうと正面に法華堂の正面が見える。通称は三月堂呼ばれるのだそうだ。関東にいると名称の由緒が知りたいと思う。

東大寺法華堂

東大寺法華堂 東大寺法華堂 東大寺法華堂礼堂  東大寺法華堂正堂
奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 
竣工/奈良・鎌倉時代 竣工/奈良・鎌倉時代 竣工/鎌倉時代 竣工/奈良時代
td3★国宝 td4★国宝 td5★国宝 td6★国宝 
全景が撮影出来るところを探す。午前中なので逆光。レンズに太陽の光が入らない所を見つけて撮影。
斜めから撮ると正堂が小さく見えるので、真横から撮れる所は少ない。向いの建物の庇の中からの撮影。
これは礼堂の部分、法華堂の正面にあたる。鎌倉時代の大仏様式の木鼻も有り、全体も貫を使った建築である。 正堂は奈良時代の建築、東大寺は天平期に作られたが、現在まで残っているのはこの法華堂と転害門、経庫くらい。

東大寺二月堂

東大寺法華堂北門 東大寺法華堂北門 東大寺二月堂 東大寺二月堂
奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1
竣工/鎌倉時代 竣工/鎌倉時代 竣工/1669(寛文9年) 竣工/1669(寛文9年)
td7★国指定重要文化財 td8★国指定重要文化財 ng1★国宝 ng2★国宝
法華堂を出て二月堂に向かう。古そうな四脚門がある。よく見ると鎌倉時代の様式。二月堂の門かと、解説を見ると法華堂の北門。 内部は化粧屋根裏。二重繁垂木の地棰は反りが有る。大きな板蟇股の肩に鎌倉時代の雰囲気を示す、大きな猪の目が付いている。 門を過ぎると雄大な二月堂が見える。あの回廊からお水取りの時の火の粉が落ちるのだと思う。二月堂を見上げながら石段の坂を上る。 登った所には石敷の大きな広場が有り、朝から何も飲んでないことに気が付く。正面の大仏殿を見ながら、自動販売機の水で休憩。

 

東大寺二月堂 東大寺二月堂登廊 東大寺二月堂登廊 東大寺二月堂閼伽井屋
奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1
竣工/1669(寛文9年) 竣工/ 竣工/ 竣工/鎌倉時代
ng3★国宝 ng4★ ng5★ ng6★国指定重要文化財
二月堂で行われる修二会は奈良時代からの行事という。休憩をして一息を付いてから奈良市内を遠望しながら、大仏殿に向かう。 帰りは登廊を下る。文化財になっているか調べてみたが見つからないので、指定されていないようだ。二月堂の下で鹿が草を食べていた。 登廊の途中で二月堂を見上げる。寛文に火事で焼けるまでここに奈良時代の建物が有ったという。法華堂の正堂から比べると想像ができない。 二月堂の真下の所に閼伽井屋がある。修二会の時に若狭の神宮寺から送られてきた水はここの若狭井の井戸から出る香水を使うという。

東大寺鐘楼

東大寺三昧堂(四月堂) 東大寺鐘楼 東大寺俊乗堂 東大寺大仏殿
奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1 奈良市雑司町406-1
竣工/1681(延宝9年) 竣工/1207-10(承元期) 竣工/1704(宝永元年) 竣工/1709(宝永6年)
ng7★国指定重要文化財 db1★国宝 db2★ db3★国宝 
二月堂の正面にある。二月、三月堂があれば、当然四月堂がある。創建は平安時代に遡り、普賢菩薩を祀り、普賢三昧会を四月に行ったという。 東大寺の2代目勧進となった栄西が建立したという。大仏様の形式だが禅宗様も含む特殊な形である。重い鐘を吊るすため、見た目にも頑丈。 鎌倉時代の初期、東大寺を復興した俊乗坊重源が祀られている。国宝の重源像は7月5日の俊乗忌と12月16日の開山忌に公開される。 撮影場所は七重の東塔の有った場所である。七重塔は全国的に作られたようだが現物としては残っていない。東大寺は復元を目指している。

2020-10-04

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