古建築研究会掲示板・・・古建築をおもしろく 

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512ーー宮大工になるには(これまでの書き込みから) 投稿者:管理人 投稿日: 1月 9日(月)20時52分41秒
 これまでに宮大工になりたいので方法をとの書き込みが多くあります。
この掲示板のログはホームページ残してあります。一部を載せますので
暇な時にゆっくり見て下さい。
 これまでの書き込みから関連のページを
324ーー五意達者の世界  投稿者: 管理人  投稿日: 6月13日(月)
323ーーどうすれば…  投稿者: 土佐  投稿日: 6月 9日(木)
306ーー大工のなり方・・再び  投稿者: 管理人  投稿日: 4月12日(火)
305ーーはじめまして  投稿者: 田中一樹  投稿日: 4月11日(月)
301ーー古建築を学ぶには  投稿者: 大森 健司  投稿日: 3月27日(日)
286ーー永山さんへ  投稿者: 住めば都  投稿日: 2月25日(金)
285ーー建造物歴史保存の研究所ってありますか?  投稿者: 永山  投稿日: 2月25日(金)
284ーー中学生の知り合いが・・・  投稿者: あさくらです  投稿日: 2月20日(日)
226ーー悩んでいます  投稿者: ザン  投稿日:12月28日(火)
222ーー教えてください 投稿者:りょう  投稿日:12月14日(火)
221ーー大森さんへ 投稿者:竜  投稿日:12月13日(月)
220ーー竜さんへ 投稿者:大森  健司  投稿日:12月12日(日)
218ーー親方につくためには? 投稿者:竜  投稿日:12月 7日(火
217ーーOTさんへ 投稿者:小工  投稿日:11月23日(火)
216ーーOTさんへ 投稿者:大森 健司  投稿日:11月10日(水)
213ーー教えて下さい 投稿者:OT  投稿日:10月28日(木)
 ここには皆さん丁寧に答えてくれています。前後にも書かれているかも知れません。
いろんな人の意見を読んで下さい。
511ーー藤巻 巌様 投稿者:三瓶 悟 投稿日: 1月 9日(月)20時49分5秒
色々、助言ありがとうございます。もし宜しければ、藤巻様の工務店に弟子入りさせてもらえないでしょうか?
510ーー長くて遠いが確実な道・・・それは半歩前進すること 投稿者:藤巻 巌 投稿日: 1月 8日(日)10時35分48秒
宮大工の家系に生まれ、思い返せば小さいときから色々修行してきたのだと思います。大工・建築人として厳しい教育を受けたきたのだと思います。最近そう思うようになりました。そう思うまでは「何も教えてもらわなかった」と思ってきました。仕事の世界は厳しいものです。 腕が良いものが常に仕事にありつけるわけでもないと思います。どんなに酷い大工であろうと、利益を残し、食っていけることこそがプロだとも思います。
古建築研究会で質問ばかりせず投稿することも宮大工への近道だと思います。 伝承教室の宮大工の大森先生のおっしゃるように「建築士になる」ことも、大切なことだと思います。 不動産屋さんのチラシ一枚で家を造れる技術も大切です。 スタートは何でも良いと思います。 本気で追求するつもりがあれば30歳からでも何とかなるでしょう。
私は、法学部卒の営業上がりですが現在五重の塔造営の首座として指名を頂いたり、本堂造営の話も来ております。 自己申告ですが自分なりに色々踏ん張ってきましたが「世間で言うところ」の「大工の修行」などは、「しておりません」とも「した」ともいえます。 「俺は修行した」などと申すものとはとことん争います・・・。 気が付いたら数奇屋大工等とと呼ばれ,気が付いたら堂宮仕事の相談も来るようになりました。 私の周りは、日本の中枢で活躍しておられる方も多く、「大工親方」の名刺を差し出すと、キョトン??とします。 そう見えないのでしょう。 経営コンサルタントとして紹介されているのに名刺が「大工・・・」。
「自分を小さく見せている」と良く言われます。 内心腹立たしいです。 大工小さいものと下に見るなんて・・私の建築技術の捕らえ方を察した方は、後から何故大工を語るか解ったと云ってくれます。解った方はたとえ学者であったとしても身体で感じる職人気質なのです。 そういう捕らえ方が身についている方なのです。 そんな方とは、世代や社会的地位を越えて無二の親友になれます。
何かのヒントになれば幸いです。
東京大学大石泰彦名誉教授門下岩田明先生に師事
総合建設業(建築工事業・大工工事業・管工事業)経営業務管理責任者(建設業法認定)専任主任技術者(建設業法認定)2級建築士 老舗茶道総本家認定数奇屋建築大工棟梁 藤巻 巌
509ーー宮大工になるには? 投稿者:三瓶 悟 投稿日: 1月 5日(木)21時02分16秒
宮大工になるには、どうすれば宜しいのでしょうか?1,2ヶ月前にも投稿したのですが、仕事が忙しくて掲示板を見れなかったので、もし宜しければ教えていただきたいです
508ーー尾垂木と肘木 投稿者:管理人 投稿日: 1月 4日(水)20時33分15秒
尾垂木には「斜め上」は無いようです。垂(たる)という言葉には垂れるとの意味があります。尾垂木も「尾のように垂れている」という意味ではないでしょうか。
 民家の棟木に書かれている棟梁の文に「霜柱(しもばしら)氷の梁(はり)に雪の桁(けた)雨の垂木(たるき)に露の葺草(ふきくさ)」というものがあります。建築用語を自然のものに読み替えたものです。
 次に肘木ですが、現物を見たのですがほとんどが肘木は十字に組まれています。その十字の先端と中央に升が置かれ,その上の横材を受けています。ただし、4隅では隅に斜めに出ている肘木もあると思います。
尾垂木と肘木について質問 投稿者:権兵衛 投稿日: 1月 4日(水)18時52分30秒
先ず尾垂木についてなのですが、尾垂木と言うと斜め下に突き出しているイメージしか
無いのですが、斜め上に突き出している場合もあるのでしょうか?
次に肘木についてなのですが、とあるサイトで「斗を外側に送り出している横材」とあるのですが、斜めに送り出している場合もありますか(建物四隅の組み物など)。
507ーーオイラーの法則と工人棟梁・・・木割によせて 投稿者:藤巻 巌 投稿日: 1月 3日(火)20時54分25秒
実験物理学上、オイラー氏は、手で折れるくらいの細い材料で適度な坐屈(最大許容応力度に達する前に荷重方向以外に折れ曲がる現象)長さを色々試し、適切な細長比、断面2次半径(木では丸断面が一番実験に都合がよいでしょう。理由は割愛いたします)を探し出し、決定し横補剛の検討をした上で導き出したのでしょう。
構造力学の分野では、今も無くてはならない法則なのですが、オイラー氏のこの研究は、動機や発端は解かりませんがやはり私と同じように感で仮説を立て、実験していったのだと思います。
【オイラーの法則】などと表現するといかつい感じですが、木造建築で表現すると木割の最低基準や荷重に対する適切な基準が検証できるということです。 そうです。 オイラーの法則が無くとも古建築が現在まで風雪に耐え存在していること、即ち、古代の工人は、オイラーの法則と木材料・木構造の特徴をよくわきまえていたということに・・・。 やはり月並みですが素晴らしいではありませんか!!
ちょっと解りづかったかもしれませんので、どこにでも売っているスパゲッティーの乾麺で柱の強さについてご説明いたしましょう。 両端指示条件がピンと仮定した場合乾麺1本より2本のほうが2倍強くなります。 つまり、束ねれば束ねるに従い、正比例して柱として強度が増します。 逆に長さを半分にすれば、強度が4倍になります。
よって、長さを2倍にすると垂直荷重を支えられる強度は1/4になります・・・つまり、柱の長さを2倍にしようとするなら太さを4倍にしないと折れてしまうということです。
以上のことから建物の柱に置き換えて解るのは、単純にいえば、垂直荷重に於いて、1階建てで3メートルの高さの建物に最低、10センチ角(100平方センチ)の柱が必要であるとするなら、1階建てで高さが6メートルの建物では太さ(断面積)を4倍にしないとならないわけですから400平方センチの柱(=4本分即ち、20センチ角)が最低必要であることを意味します。
ところが、実際の建物では、平屋の倉庫でもない限り下階の柱は上階の荷重を受けます。 屋根と各階が同じ垂直荷重を受けるものと仮定すると1階の柱は、R階(屋根)、6階、5階、4階、3階、2階の荷重を受けますので実に、6階の柱の6倍の垂直荷重を受けます。 従いまして、例えば6階の柱が垂直荷重に対して断面が最低100平方センチでいいとするなら1階の柱は、断面が600平方センチ(6階の6本分)必要です。 高さは、6倍ですが柱脚固定且つ、各層梁と柱の仕口をモーメントを負担できる仕口とし、且つ梁の剛性を∞とした場合)
実際の構造計算(ルート2)では、この他に層間変形角が基準以下かどうかを確かめ、剛性率が基準以上であり、変心率が基準以下であること、他の構造規定を確認し、計算が終了する。
高さが31メートルを超える場合や、剛性率が基準以上であり、変心率が基準以下で無い場合は保有水平耐力を確認しなければならない(ルート3)。
その場合、許容応力度計算により仮定断面を出し、耐振2次DS(構造特性係数)、Fes(形状係数)、Qud(地震によって生じる水平力)の積により必要保有水平耐力を算定する必要がある特定建築物(建告示1790号援用)は、スーパービルドSSなどの構造ソフトなどにより接点振分法などで応力度を割り出し、各層の柱の最低断面が決まります。 RCの場合、圧縮強度は、鉄筋断面のもつ強度とコンクリート断面のもつ強度の「累加」により柱形を割り出しますし、鉄筋を組みコンクリートを流し込まなければなりませんし、中間層破壊も考慮しますので、6階建て程度のRCマンションで1層と6層で柱の断面積が6倍も差がつくことはまずありまえせん。 もしそうなるとしたら1階にピロティ−形式の駐車場があるパターンか1階の階高が基準階の2倍度あるマンションであるとか偏心率が大きいよっぽどバランスの悪いマンションか他の理由でそうしたかくらいでしょう。
上記のような現代構造力学の到達点を古代から中世の堂宮棟梁(堂宮設計者含む)の建築構造感覚・美観感覚と比べたとき木割の思考に似た点が多いいのではないか?といつもながら述べざるを得ない。
当時の限られた建築材料、限られた道具を駆使し、転等モーメントと慣性力との関係に関し、貫のもつ終局耐力に関する優れた性質である「遊び」を理解し建物の形状、荷重状態に応じ使い分けてきたことと礎石立ちの関係など現代の水準から見ても見事としかいいようがありません。 まるで現代の構造家が古代に戻り、教えたかのようです。  渡来人飛鳥白鳳建築主軸論はともかくとしてシュメール人海士族の末裔も含めた縄文時代をい経、様々な文字をもった世界の先進地域日本。
上古代より工人の経験と勘で渡来人と良い意見交換をし和睦をもって飛鳥白鳳建築を成し遂げたに違いない。
東京大学大石泰彦名誉教授門下岩田明先生に師事
総合建設業(建築工事業・大工工事業・管工事業)経営業務管理責任者(建設業法認定)専任主任技術者(建設業法認定)2級建築士 老舗茶道総本家認定数奇屋建築大工棟梁 藤巻 巌
506ーー建築の組物 投稿者:管理人 投稿日: 1月 2日(月)16時13分12秒
増上寺 あります      端聖寺  不明
廣度院 不明        常照院  不明
妙定院 不明        心光院表門
護国寺 あります      根津神社 あります
浅草寺 あります      浅草神社 あります
東照宮社殿 あります    寛永寺  あります
円融寺 あります      本門寺  あります
中山法華経寺 あります   柴又帝釈天  あります
 原則的にほとんどの神社、寺院には組物の建築があります。建築の四方八方を詳しく眺めてください。見れば見えてくるものがあると思います。
505ーー組物があるor無い 投稿者:権兵衛 投稿日: 1月 1日(日)20時30分1秒
管理人さん、あけましておめでとう御座います。
新年早々お手数おかけします。肘木や斗etcといった組物がある神社・寺の事で一覧で
見ていった処、下記の何件かまでに絞りました。
もし、ご都合に差し支えなければ、組物がある○、組物が無い×を付けていただけないでしょうか。宜しくお願いします。
増上寺
端聖寺
廣度院
常照院
妙定院
心光院表門
護国寺
根津神社
浅草寺
浅草神社
東照宮社殿
寛永寺
円融寺
本門寺
中山法華経寺
柴又帝釈天
504ーー海図かというとこ 投稿者:藤巻 巌 投稿日: 1月 1日(日)16時49分17秒
ス屋根か
503ーー新年明けましておめでとうございます。 投稿者:管理人 投稿日: 1月 1日(日)12時09分26秒
 新年明けましておめでとうございます。本年もよろしく。
 毎度、掲示板に御参加の皆様には感謝申し上げます。
 本年も楽しい話題を提供をお願い申し上げます
 古建築研究会 松浦正夫
2006 (平成18年)
502ーー東京ですか 投稿者:管理人 投稿日:12月29日(木)23時55分7秒
 鉄道を利用できるのならば、市川市の中山法華経寺が近いと思います。または有名なのでは柴又帝釈天、寅さんの地元です。交通の便利なところでは上野公園に寛永寺や東照宮もあります。文京区には根津権現もあります。建物は新しいですが浅草寺にも数多くの建築があります。
501ーー埼玉県の赤山貝塚発掘調査 投稿者:藤巻 巌 投稿日:12月29日(木)21時04分13秒
約30年程前の小学校時代、学究肌であった私は、友達3人で近所の「赤山貝塚」を発掘調査した際、縄文式土器と弥生式土器折衷的なものも含めが両方出てきた訳ですね。 その当時、弥生時代は、BC300年ころからという定説がありましたし、結局、岩田先生のお話によれば弥生町で遺跡が出たのが弥生時代という時代を定義付けたのですが、縄文時代の次の時代の弥生時代というカテゴリーが存在していた時代でした。 チビッコ考古学博士であった私は、小学校当時から高校生用の百科事典を愛読しておりましたので、自分が発掘したものと、図鑑のものを見比べたんです。 すると子供心に「特徴の偏差がなんともいえない」と感じその後味の悪さ(はっきりとした縄文土器でも弥生土器でもないという帰結に至ったこと)を10年程前まで引きずっていた訳です。
しかしそれは一人の学者との出会いで解決したのです。 それが私の師事する岩田明先生です。
弥生時代の始まりを自ら古代シュメール船の遠洋実験航海による復元考古学により500年遡らせたのです。 現在弥生時代の始まりはBC800年前後という定説が確立しておりますが、それは、岩田明先生の功績によるものです。 東大名誉教授の大石先生に師事されていると言うのは謙遜です。 この先生は、世界最初の古代文明であるメソポタミア文明を築いたシュメール人が、日本人の祖先で海士族であり、こうめい族と、ともに銅鐸族や騎馬族と協力しながら縄文弥生時代を築いたとの説を展開なされており、そのシュメール人の発生が大地震地帯である新疆ウイグル自治区であるとの説を唱えられており、私が、地震論と、飛鳥白鳳渡来人造営主軸論を肯定しつつも否定している根拠です。 雨とか地震とか素人投稿ではないのです。
 
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