近代建築図鑑

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北海道開拓の村 北海道開拓の村 北海道開拓の村 北海道開拓の村 北海道開拓の村
旧小樽新聞社 旧開拓使工業局庁舎 旧札幌駅舎復元 旧北海中学校校舎 旧近藤染舗
札幌市厚別区厚別町小野幌 札幌市厚別区厚別町小野幌 札幌市厚別区厚別町小野幌 札幌市厚別区厚別町小野幌 札幌市厚別区厚別町小野幌
1909(明治42年) 撮影 99-06 1877(明治10年) 撮影 99-06 1982(昭和57年) 撮影 99-06 1908(明治41年) 撮影 99-06 1913(大正2年) 撮影 99-06
★国重要文化財
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01-0011-50-1 01-0011-50-02 01-0011-50-03 01-0011-50-04 01-0011-50-05
北海道開拓の村は、明治から昭和にかけて建築された北海道各地の建造物を移築復元・再現した野外博物館である。小樽新聞は明治27年に創刊され、道内の代表的新聞の一つであった。木造の骨組に札幌軟石(溶結凝灰岩)を外壁に積みあげた構造である。 明治6年に設置された開拓使工業局は、道路・橋梁・官庁・学校等の建設をはじめ、家材・機械・農具・車両などの製造事業を行なった。この建物は明治初期の洋風事務所建築の特徴を示し、開拓使関係庁舎として唯一のもので、国の重要文化財の指定された。 旧札幌駅は明治41年に建てら、その後昭和27年まで使われた札幌駅(札幌停車場)の正面外観と形状を4/5に縮小し、開拓の村の管理棟として再現した建造物である。外観には同時期のアメリカに多い木造建築の様式で建てられた。村の入場口になっている。
北海中学校は明治38年に創立された。前身は札幌農学校第三期生らが中心となり明治18年に設立した私立北海英語学校である。この校舎は、明治41年に建築された本館部分で、外観の意匠は、明治から大正期の官庁や学校の建築によく見られる様式である。
近藤染舗の近藤家は出身は徳島で、藍染めの技術で、明治31年に創業した。旭川で最も古い染物店で、この建物は、店の繁盛にともない大正2年に地元の建築業者によって新築された店舗兼住宅である。外観や内部の間取りは、当時の店舗の様子を表している。

 

雪印バター誕生の記念館 雪印バター誕生の記念館 偕楽園 北海道大学・・15点 ● キノルド館
旧宇納牧場製酪所 旧出納邸 水木精華亭 旧理学部本館 札幌藤学園
札幌市厚別区上野幌1条5丁目 札幌市厚別区上野幌1条5丁目 札幌市北区北7条西7-1-1 札幌市北区北8条西5 札幌市中央区北1条西6丁目
1925(大正14年) 撮影 99-06 1925(大正14年) 撮影 99-06 1880(明治13年) 撮影 91-04 1937(昭和12年) 撮影 90-06 1924(大正13年) 撮影 91-04
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★ 取毀 ★ 取毀  ★ 取毀
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出納家と宇都宮家の「宇納農場」の一角に工場を造り「北海道製酪販売組合」が大正14年にバターの製造を開始した。三角屋根の工場は傾斜地を利用し地下室を設け、そのうえ屋根裏も使えるように建てられている。 出納家住宅は牧場を経営していた出納陽一氏の邸宅として大正14年に建てられたもので、デンマークに留学中に目にした富豪の家をモデルにして設計されたと言われる。1・2階は出納家の家族用に使われていた。
明治13年、札幌の最初の公園であった偕楽園に、開拓使の貴賓接待所として建てられた。開拓使長官黒田清隆が「水木清華亭(みずきせいかてい)」と名付け、明治天皇行幸の際に休憩された由緒ある建物である。
北海道大学の前身、札幌農学校は、現時計台あたりから明治36年に現在地へ移転した。その際、新築された建物の多くは現存し、良好な大学環境創出に貢献している。旧理学部本館は創立125周年を機に総合博物館となる。 旧藤高等女学校は大正14年当時のカトリック札幌教区長であった、キノルド司教がドイツから招聘した3人の修道女たちによって札幌藤高等女学校が開校した。校舎はマックス・ヒンデルの設計で大正13年に建設された。

 

篠路駅周辺 八紘学園栗林記念館 八紘学園サイロ つきさっぷ郷土資料館 ● 旧月寒種羊場庁舎
たまねぎ倉庫群 旧吉田家別邸 資料館サイロ 旧陸軍北部軍司令官官邸 農商務省月寒種羊場庁舎
札幌市北区篠路4条 札幌市豊平区月寒東1条12丁目3- 札幌市豊平区月寒東1条12丁目3- 札幌市豊平区月寒東2条2-3 札幌市豊平区羊ケ丘1丁目
昭和初期 撮影 99-06 1907(明治40年) 撮影 94-06 1943(昭和18年) 撮影 94-06 1940(昭和15年) 撮影 99-06 1919(大正8年) 撮影 99-06
★札幌景観資産 ★札幌景観資産  ★ 取毀 ★ 取毀 
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篠路駅周辺には石造りやレンガ造りの倉庫が建ち並び、全国に向けて玉ねぎが発送されていた。昭和時代の札幌の原風景を伝える。都市開発が進み、倉庫は年々数を減らし、篠路駅の東口にはまだ数件の倉庫が残る。 明治中期に吉田善太郎が広大な敷地を農場として開拓し、アメリカから牛を購入した記念の洋館。白い下見板張り、繊細でモダンな印象を与える。八絋学園が購入し、農業専門学校を創設した。この建物は栗林の自邸となった。
吉田牧場を開設した吉田善太郎氏は月寒の丘陵地を切り開いて牧場にし、乳牛の品種改良に尽くした。明治37年には 畜舎・サイロも完成した。サイロは、最初は1基であったが昭和18年に一度改築されて2基になった。
この記念館は、元旧陸軍北部軍司令官官邸として昭和16年に建てられたもので、赤いレンガの建物が特徴である。戦後は北海道大学の学生寮として使用されたが、昭和60年につきさっぷ郷土資料館として開館した。 明治39年に開設された農商務省月寒種牛牧場として開拓された。その後、大正8年に月寒種羊場が設置され、農林省月寒種畜牧場と発展し、牛や豚、綿羊などの研究施設として運営されました。「羊ケ丘」という地名のルーツ。

 

レンガの館 琴似屯田兵村兵屋 北海道鉄道技術館 JR苗穂工場 日本聖公会
日本食品製造合資会社旧工場 住宅 JR苗穂工場 機関車検修所 聖ミカエル教会
札幌市西区八軒1条西1丁目2 札幌市西区琴似2条5 札幌市東区北5条東13丁目 札幌市東区北5条東13丁目 札幌市東区北19条東3
1929(昭和4年) 撮影 94-06 1874(明治7年) 撮影 94-06 1910(明治43年) 撮影 94-06 1913(大正2年) 撮影 91-04 1960(昭和35年) 撮影 99-06
★札幌景観資産 ★国指定重要文化財 ★北海道遺産 ★北 ★札幌景観資産
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日本食品製造合資会社(日食)が、日本で初めてコーンフレークやオートミールの製造のため、昭和4年に建てられた工場。創設者の戸部佶がアメリカで穀類や野菜の加工技術を学び、建設した。札幌景観資産第1号になった。 設計/開拓使工業局(岩瀬隆弘・安達喜幸)。屯田兵屋は北海道開拓と警備の目的及び農作業のために札幌に初めて入植した屯田兵の住居である。この兵屋は琴似屯田兵村跡にある。ここに208戸あった兵屋の一つである。 技術館の建物は、明治43年に苗穂工場の用品倉庫としてレンガ造りで建築されたもので工場最古のもの。国鉄からJR北海道への新たなスタートに併せて、北海道鉄道技術の歴史と文化を後世に伝える北海道鉄道技術館になった。 鉄道技術館の裏手にJR苗穂工場機関車検修所はある。各種車両の製造、改造、整備、廃車解体を行い、JR北海道に在籍する機関車(蒸気・ディーゼル・電気)、電車全車、7割以上のディーゼル動車(気動車)を受け持つ。
チェコ出身のアントニン・レーモンド氏により設計された札幌聖ミカエル教会礼拝堂は、B.D.タッカー師の強い要請で実現した。レーモンド氏は旧帝国ホテルの設計のために、建築家F・L・ライトに同行して来日した。

 

日本聖公会 苗穂小学校記念館 旧北海湯 サッポロビール博物館 ぽすとかん
聖ミカエル教会 旧校舎の一部 旧銭湯 サッポロビール第二工場 旧石山郵便局
札幌市東区北19条東3 札幌市東区北9条東13丁目1 札幌市東区北7条東3丁目28 札幌市東区北7条東9丁目1-1 札幌市南区石山2条3丁目1-26
1960(昭和35年) 撮影 90-06 1937(昭和12年) 撮影 90-06 1907(明治40年) 撮影 90-06 1890(明治23年) 撮影 91-04 1940(昭和15年) 撮影 90-06
★札幌景観資産 ★札幌景観資産 ★北海道遺産
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調度品や和紙貼りのステンドガラスはレーモンド夫人ノエミ氏のデザインで作成され、レーモンド夫妻が情熱を傾けた設計は、竹中工務店の技術によって完成された。木造モダニズム建築の代表傑作として評価されている。 木造2階建て苗穂小学校記念館は昭和12年に建てられた旧校舎の一部で、札幌に残る唯一の木造校舎。1階には歴代校舎の模型や珍しい象牙製の鍵盤を備えた大正時代のピアノなど、2階には昔の生活用具などが展示されている。
この地域は街道筋として栄え、明治中期に製麻工場や麦酒工場が出来て、従業員の宿舎や住宅の増加とともに商店街が賑わった。赤れんがの銭湯は公衆浴場として全国的にも珍しい。三角屋根のシンプルな外観である。
博物館の建物は旧北海道庁舎と同じ頃に、独のサンガーハウゼン社の設計によって精糖工場として建築された。麦酒工場、サッポロビール園へと転用、変遷を繰り返したが昭和57年にサッポロビール博物館として開館した。
旧石山郵便局(通称ぽすとかん)は、昭和15年に完成した札幌軟石を使った建物で、採石場がある石山地区のシンボル的な存在であった。曳き家され、修繕・改修後、常設のミュージアムギャラリーとして復活した。

 

有島武郎旧邸 ヘルヴェチュアヒュッテ エドウィン・ダン記念館 エドウィン・ダン記念館 旧簾舞通行屋
旧有島武郎邸 旧マックス・ヒンデル邸 旧北海道庁種畜場事務所 旧北海道庁種畜場事務所 旧黒岩家住宅
札幌市南区石川常磐札幌芸術の森 札幌市南区定山渓 札幌市南区真駒内1-6 札幌市南区真駒内1-6 札幌市南区簾舞11
1913(大正2年) 撮影 98-06 1927(昭和2年) 撮影 94-06 1887(明治20年) 撮影 91-04 1887(明治20年) 撮影 91-04 1872(明治5年) 撮影 99-06
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★市指定文化財
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札幌農学校の教授時代に新築した住まいで、自ら設計したと考えらる。大正2年北12条西3丁目に建設された建物を、昭和61年に芸術の森へ移築した。腰折れ屋根や窓枠が外観の特徴。畳敷きの部屋もあり、和洋折衷建築。 スイスの建築家ヒンデルの建築。北大講師アーノルド・グブラー、同大教授・山崎春雄らによって建てられた。ヒンデルが横浜に転居する前の、札幌在住中最後の作品である。その後、昭和9年に北海道大学に寄贈された。 真駒内は、明治9年札幌に来たお雇い外国人エドウィン・ダンが、原野を切り拓いて広大な牧牛場を築いた場所である。開拓使廃止の明治15年に、ダンが去り、北海道庁種畜場となった種畜場の事務所として建てられた。
昭和39年に事務所の一部がエドウィン・ダン記念公園に移築された。薄いピンクの下見板張りや緑の寄棟屋根、アーケードがついた開放的なベランダが付く。記念館が建つ場所も、ダンが牧牛場の第1号牧舎を建てた場所。
札幌から定山渓を経て有珠へ往来する人や、荷物を運ぶ人馬の宿泊・休憩所として、要所であった簾舞に、開拓使によって建てられた。定山渓への新道が開通した際に、通行屋の屋守だった黒岩家によって現在地に移築された。

 

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