和歌山県

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長保寺大門 長保寺本堂 長保寺多宝塔 善福院釈迦堂
海南市下津町上689 海南市下津町上689 海南市下津町上689 海南市下津町梅田
竣工/嘉慶2年(1388/室町前期) 竣工/延慶4年(1311鎌倉後期) 竣工/正平12年(1357/室町前期) 竣工/嘉暦2(1327/鎌倉後期)
★国宝 ★国宝 ★国宝 ★国宝
三間一戸楼門、入母屋造、本瓦葺。棟礼写「再営由来」によって、嘉慶2年に後小松天皇の勅宣をうけ、寺僧の実然が建立したとされている。組物は純和様の三手先で三番目の組物は尾垂木の上にあって軒を受け、丸桁下に軒支輪をかけ小天井を造っている。室町前期の代表的な楼門のひとつとされている。 長保寺は当初は法相宗であったが後に天台宗に改められた。本堂は桁行5間、梁間5間、向拝1間、入母屋造、本瓦葺。柱頭を粽、組物の笹繰り、禅宗様の挙鼻などの手法をとりながら、外観には間斗束、蛙股、扠首組の妻飾りなどの和様の手法、二つの様式を融和、和様禅宗様折衷様式の典型的な建築である。 塔は純和様を採用し、一重と二重の釣合がよく均整のとれた優美な意匠を見せている。さらに低い亀腹と、勾配のゆるい屋根などがよく調和して一層安定感を与えている。建立年代に付いては昭和4年の修理事業報告書に心柱墨書の記載が有り、建立年の正平12年と大工・藤原有次が判明している。 建保2年に栄西禅師が創建したといわれる広福寺五ケ院の一寺である。堂は方三間、単層、裳階付、寄棟造、本瓦葺。鎌倉後期の禅宗様仏殿としては、他に円覚寺舎利殿(鎌倉)、功山寺仏殿(山口)が良く知られる。釈迦堂の本尊釈迦如来坐像の胎内の修理銘に嘉暦2年とあることからこの頃の再建とされている。

 

地蔵峰寺本堂 福勝寺本堂 黒江の町並み 黒江の町並み
海南市橋本1612 海南市橋本2789 海南市黒江 海南市黒江
竣工/永生10年(1513/室町後期) 竣工/永生9年(1512/室町後期) 竣工/ 竣工/
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
熊野古道の峠にあり「峠のお地蔵さん」として親しまれている。方三間、寄棟造、本瓦葺。禅宗様の色合いが濃い。内部天井は鏡天井で周囲1間は化粧天井となっている。古文書によると、真言律宗に属していた。今は天台宗。 方三間、寄棟造、本瓦葺。堂内の刻書に永生九とあるので建立はそれ以前と考えられている。奥が本堂で手前が求聞持堂で紀州初代藩主徳川頼宣が慶安3年が建立した建物で、本堂と接続して建てられている。鐘楼も同時期。 黒江は海南市の南にある町である。紀州漆器の産地で古い家並みの連続性は失ってはいるが、良質の商家が残されている。「黒牛」で知られる名手酒造が町の核のようにあり、旧街道の枡形付近に伝統的な商家が点在している。 室町時代に根来寺の仏具などに用いられた朱漆塗を根来塗りと呼んだ。この技術はかつて黒江に移り住んだ根来衆に寄って持ちこまれたという。技術の向上に伴い、浪花や京都にまで販路を拡大して町は発展してきた。

 

 
浄明寺多宝塔 浄明寺薬師堂(本堂) 湯浅の町並み 白岩丹生神社社殿
有田市宮崎町1000有田市宮崎町1000 有田郡湯浅町湯浅地区 有田郡有田川町小川2639
竣工/鎌倉後期 竣工/鎌倉後期 竣工/ 竣工/永禄3年(1560/室町後期)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★伝統的建造物群保存地区 ★国指定重要文化財
寺伝によると大同元年平城天皇の御母乙牟漏皇后とも阿波の尼僧西阿弥の建立ともいわれている。開山は唐僧如宝という。方三間、宝形造、本瓦葺。空輪頂上までの高さ約13m弱。内部には須弥壇上に五智如来が安置され、その板壁には八祖の彩色絵がある。 天正13年の兵乱によって堂舎および縁起等は焼けたが、薬師堂と多宝塔は林の中にり兵火を免れた。方三間、寄棟造、本瓦葺。江戸期に改造あり。堂内に安置されている木造薬師如来、両脇侍像、蓮華唐草文螺鈿須弥壇は国指定の重要文化財となっている。 醤油発祥の地で江戸時代には湯浅醤油の運搬船は紀伊藩の御用船の扱いを受け藩の庇護の元で販路を拡大、最盛期には90軒もの醤油蔵があったという。今は「角長」だけが残る。角長付近の蔵通りには古い舗や蔵が多く残り、醤油の香と共に往時を偲ばせる。 本殿=一間社春日造、檜皮葺、南面12.96m、幣殿=入母屋造、瓦葺、拝殿入母屋造、瓦葺。比較的判りにくい狭小地にある。この本殿の特徴は正面欄間及び正面、側面にある蟇股の精美な彫刻は後世見られる桃山時代彫刻の先駆をなすものである。

 

薬王寺観音堂 薬王寺観音堂 雨錫寺阿弥陀堂 雨錫寺阿弥陀堂
有田郡有田川町大字小川746 有田郡有田川町大字小川746 有田郡有田川町杉野原976 有田郡有田川町杉野原976
竣工/貞和3年(1347)室町前期) 竣工/貞和3年(1347)室町前期) 竣工/永生11年(1514/室町後期) 竣工/永生11年(1514/室町後期)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
正面三間は桟唐戸、桁行5間、梁間5間、三方廻縁、寄棟造、本瓦葺。壁面板張りの簡素で良い堂だが、前面敷地狭小で全容が甚だ掴み難い。   境内は広くはなく敷地いっぱいと思えるほど堂々と聳えている。方五間、寄棟造り、茅葺屋根。柱をたて堂内は吹き放ちでで間仕切りもない。 ここは「杉野原の田楽舞」という国指定無形民俗文化財の舞殿でもある。和歌山市から遠く離れた山中に潜む名堂である。

 

報音寺本堂 長楽寺仏殿 吉祥寺薬師堂 青岸渡寺本堂
有田郡有田川町岩野河364 有田郡有田川町植野348 有田郡有田川町大字粟生250 東牟婁郡那智勝浦町那智8
竣工/康正3年(1457/室町中期) 竣工/天正5年(1577/安土桃山) 竣工/応永34年(1427/室町中期) 竣工/天正18年(1590/桃山)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
天平4年(732)に行基によって創建された古刹。かつては七堂伽藍の大寺院であったという。十一面観音や伝釈迦如来は平安前期のものである。堂は方三間、茅葺。 臨済宗妙心寺派。禅宗様式の建築。扇垂木、詰組、四半敷の敷瓦の床、弓連子という波形欄間、桟唐戸など禅宗様の特徴を持つ本格的かつ美しい仏堂建築である。 吉祥寺薬師堂は、元は岩倉神社の別当寺であった東福寺の建物で、茅葺の方三間堂。狭い敷地に建つ高い急勾配に屋根が印象的である。厨子は明応2年の建立。 桃山時代の仏堂にしては木割が太く装飾も少なく中世の山岳密教本堂の面影が濃い。身舎周囲に一間幅の縁を廻し縁束をそのまま伸ばした控柱が深い軒を支えている。

 

法蔵寺鐘楼 広八幡神社本殿・拝殿 熊野本宮大社第1殿~4殿 旅館上御殿本館
有田郡広川町上中野1179 有田郡広川町上中野1181 田辺市本宮町本宮1100 田辺市龍神村龍神42-1・龍神温泉
竣工/室町中期以前 竣工/応永20年(1413/室町中期) 竣工/享和年間 竣工/明治18年(1885)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国登録文化財
元は湯浅の勝楽寺にあった、元禄8年に広八幡神社に移築され、明治の神仏分離で当地に移された。禅宗様の建物に腰袴を付ける。通常、鐘楼は入母屋造だが寄棟造である。 三間社流造、檜皮葺の本殿始め6棟が国重文。安政5年(1854)の津波の際、濱口梧陵(千葉県銚子市のヤマサ醤油店主)が稲むらに火を放ち村人たちを避難させたという高台の神社である。 第1、2殿(2殿1棟)と4殿は享和2年。3殿は文化7年。第1、2殿は桁行5間、梁間4間、入母屋造。第3、4殿は正面切妻造、背面入母屋造で明治24年に現在地に移築・再建したものである。 紀州徳川家初代・頼宣公の保護を受けた温泉別荘として知られる。日高川を背にして旧街道に面してたつ平入、入母屋造、瓦葺の大型旅館。二階に床を一段上げた「御成間」が残る。

 

 

2020.04.13

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