山口市

1・瑠璃光寺
  洞春寺
2・市内中心部1
  龍福寺
  旧野村家住宅
3・市内中心部2
  今八幡神社
  八坂神社
  築山神社
4・市内近郊
  平清水八幡宮
  古熊神社
5・市内郊外
  月輪寺
  秋穂正八幡宮

萩市

山口市内中心部 2

大内氏(多々良氏)は平安末期から鎌倉期にかけて、周防国衙の在庁機構内でその勢力を拡大し、広大な所領と最有力在庁官人となり、室町期には守護大名として山口市に館を作り、町並みを整備した。。山口市の主要部は大内氏の館跡の大殿地区、旧野村家の前を通る竪小路の商人町がある。大館跡の北側に築山殿の地に八坂神社、築山神社、その東側の小高い丘上には今八幡宮や毛利元就を祀った豊榮神社、隣には幕末の毛利藩最後の藩主・敬親公を祀る野田神社などが有る。

今八幡宮

今八幡宮の創建年は不明であり、守護大名大内氏24代弘世による山口開府(1360年)よりも前とされる。29代政弘によって山口の総鎮守と定められ、さらには次代義興によって国指定重要文化財である、現在の社殿が造営された。幕末の毛利藩庁移転後、今八幡宮の社務所には毎日のように若い藩士たちが集まるようになり、尊皇攘夷に向けての議論を交わし、明治維新のきっかけとなった。

 
   今八幡宮楼拝殿(国指定重要文化財)              今八幡宮本殿(国指定重要文化財)

 本殿は向拝を付した三間社流れ造りで、1間の向拝が付く、前室があり、両脇に唐戸が付く、前面は蔀戸。拝殿は楼門風で二階が有り、縁が廻り、一階は床が張ってあり、左右に翼廊が付く「楼拝殿造り」と呼ばれる全国的にも山口地方だけに見られる独特な様式である。建立年代は本殿、拝殿共に文亀3年(1503)という。

八坂神社・築山神社

八坂神社は社伝によると、大内弘世が応安3年(1370)に京都の祇園社から勧請した神社という。始めは水の上町に有ったが、境内地を山口大神宮の地に移した。その後、幕末の元治元年(1864)現在地に移築された。築山神社はもう少し、複雑で最初は慶長10年毛利輝元公が多賀神社境内に大内義隆などの霊を祀った「宝現霊社」がはじめと伝えられている。その後、龍福寺の境内に移り、⽂政11年(1828)に現在地に移ったという。

 
   八坂神社楼拝殿                         築山神社拝殿

 八坂神社本殿は永正17年(1520)に建立されたもので、三間社流造りで、屋根は桧皮葺。写真は明治元年に山口大神宮より移築された時に建立された山口県独特の楼門造りの楼拝殿である。
 築山神社社殿は氷上山興隆寺の境内にあった1742(寛保2)年の建立といわれている氷上東照宮の社殿を購入し、明治3年に移築されたものである。