古社寺遍路
4・房総の古社寺を歩く(内房総)
飯香岡八幡と島穴神社
飯香岡八幡宮  


 飯香岡八幡宮はJRの八幡宿駅からすぐの所にある。八幡宿は八幡宮の門前町として発展した所である。八幡宮の本殿は重要文化財、拝殿は県指定の文化財である。正月の初詣の準備がなされていた。拝殿は正面5間・側面3間の身舎に梁間1間の向拝が付き、本殿と同様に総丹塗の建物で、弊殿によって本殿と接続される、いわゆる権現造の形式を取っている。
屋根は銅板葺の入母屋造で正面に唐破風および千鳥破風が付いている。細い木組、彩色された海老紅梁・木鼻・蟇股内彫刻など本殿にくらべて華麗である。元禄4年に再建されたことが墨書銘によって判った。正面の向拝の細部様式を見ると同じ県内にある海上八幡宮(千葉県銚子市)の本殿(天和3年) に良く似ている。
八幡宮は社伝によれば白鳳年間の創建とされ、誉田別命を祀り、上総の総社を兼ねていた。また、一国一社の国府八幡宮とよばれる由緒ある古社である。本殿は正面3間・側面2間の総丹塗、屋根は銅板葺きの入母屋造りで、太い木組や組物・彫刻・面取角柱などの部材は力強く簡素で、室町時代末期の特色を示している。
本殿の木鼻を見ると関東地方の室町時代の特色が良く出ている。左の写真のように絵様の蔓が二重に巻いている。同じような木鼻が茨城県(水戸市・薬王院本堂、八郷町、善光寺楼門他)や栃木県(益子町・綱神社、小山市・高椅神社本殿)にも見ることが出来る。
島穴神社  

島穴神社は飯香岡八幡宮より姉崎に向かって 養老川を渡った先にある。狭い道路をくねくねと曲がって、小さな集落の先にあった。県道に看板はあったのだが神社はかなり判りにくい所にあった。私の参考にしている「神奈備 」によると 「延喜式」所載の上総国五社の内の一社であり、古くからこの地方の格式あ る名社として崇められていた。

日本武尊命が東征のみぎり、相模国走水より上総国へ航行 中、にわかに暴風に見遭われ、あやうく船が覆りそうになった時、同乗されていた妃 君の弟橘姫命が大和国の風鎮めの神・龍田大社を遥かに拝み、安全に上総国まで航行 させてくれるならば、必ずその地に風鎮めの神を祭り報恩感謝の誠を尽くしますと祈 りながら海中に身を投ぜられました。

するとたちまち暴風は止み、無事上総国へ着く ことができたので日本武尊命は、弟橘姫命のご遺志の通りこの地に志那都比古尊を祭 る当社をご創祀されたのであります。とありました。本殿は規模の大きな建築で、三間社である。虹梁や木鼻を見ると木鼻まで細かく彫り物が施され、細部の様式は幕末か明治の頃の建築ではないかと思われる。

 
2003.12.29

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