群馬県

群馬県東部(前橋市を中心として)

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阿久沢家住宅 阿久沢家住宅 堀口家住宅 赤城神社本殿
前橋市柏倉町604 前橋市柏倉町604 渋川市上ノ町 渋川市赤城町津久田363
竣工/17世紀 竣工/17世紀 竣工/慶応2年(1866/江戸末期) 竣工/安永3年(1774/江戸中期)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国登録文化財 ★市指定文化財
北関東の平地における典型的な中規模農家。桁行8間、梁間4.5間、寄棟造、茅葺屋根。開口部が極めて少ない県内最古の民家の一つである。間取りは中央の三本の上屋柱を境に土間と座敷がほぼ半分づつの広さ。
座敷部分は土間沿いに板敷きの「ヒロマ」、その西側に「コザ(座敷)」「オク(納戸)」の二間を設けたいわつる広間型三間取りである。


江戸初期に三国街道渋川宿で反堯した老舗の金物店。店蔵は土蔵造二階建、建築面積51㎡の町屋建築。外壁は黒漆喰仕上げ、連接する付属屋は明治29年の竣工、腰壁をなまこ壁としている。

華やかな彫刻に彩られた小社殿。一間社流造。彫刻・関口文次郎、弟子・助次良、善次良、傳次良。文次郎は上田沢村(現・みどり市)に彫刻師集団を創設して棟梁となった人物で県内では榛名神社や桐生天満宮などの彫刻を手掛けた。

 

生方家住宅 戸部家住宅 矢野本店店舗及び店蔵 世良田東照宮本殿
沼田市西倉内町594 利根郡みなかみ町湯原441 桐生市本町二丁目6-30 太田市世良田町3119
竣工/17世紀末頃 竣工/18世紀前半頃 店舗 大正5年 店蔵 明治23年以前 竣工/寛永21年(1644/江戸前期)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★市指定文化財 ★国指定重要文化財
生方家は沼田藩御用達の薬種商。家は間口6間、奥行10間、板葺石置屋根の町屋建築。市内の上之町からの移築。



古くからの本百姓で、前橋の安久津家に比べて新しいので間取りは発達し複雑化している。座敷の表側は昔は土間であった。これは群馬県山間部古農家の特色と言える。桁行18.2m、梁間7.3m、寄棟造、茅葺屋根。川場村からの移築。
現在の店舗は大正5年(1916)に建築され、出桁造で二階正面には格子戸が残り、江戸風の商家構えとなっている。店舗に隣接して二階建土蔵造の店蔵がある。一階は中央で間仕切られ二部屋とし、二階は一部屋となっており倉庫として使用していた。 日光東照宮として元和年間に造営され、寛永年間に移築された。設計施工 中井大和守正清の最後の作。世良田は徳川家康の祖の地である。天海僧正が住職をしていた長楽寺の境内に創建された。左甚五郎作、狩野探幽画の「巣籠りの鷹」がある。

 

長楽寺三仏堂 長楽寺太鼓門 大泉町文化むら資料館 雷電神社社殿
太田市世良田町3119-6 太田市世良田町3119-6 邑楽郡大泉町朝日5-24-1 邑楽郡板倉町板倉2334
竣工/慶安4年(1651/江戸前期) 竣工/江戸初期 竣工/明治40年(1907) 竣工/天保6年(1835/江戸後期)
★県指定文化財 ★県指定文化財 ★国指定重要文化財
新田義季(よしすえ)が開基した東日本最初の禅寺である。桁行5間、梁間4間、向拝付、寄棟造、銅板平葺(元は茅葺)。内部に釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の三尊(県指定)を安置している。仏像は寛文10年(1670)に安置された。

桁行3間、梁間3間、袴腰付、入母屋造で楼上に太鼓をかけて寺の諸行事の合図に使われた。勅使門も県指定文化財。




旧対比地家住宅、対比晴太郎によって建てられた近代養蚕農家。屋根には棟幅約1/2の換気用越屋根(総櫓)をのせている。大泉村古水からに移築。明治時代の代表的な養蚕農家の建築として「ぐんま絹遺産」に登録された。

二間社権現造。彫刻は左甚五郎十代目の親方・石原常八。極彩色の彫刻群は見応え十分である。当雷電神社は関東一円に分布する雷電神社の総本山。創建は聖徳太子。末社八幡宮稲荷神社は竣工/天文16年(1547/室町中期)県内最古の木造建築。

 

玉村八幡宮拝殿 玉村八幡宮本殿 旧舘林藩士住宅 武鷹館 茂林寺山門
佐波郡玉村町下新田1 佐波郡玉村町下新田1 館林市大手町1617-1 館林市堀江町1570
竣工/延享4年(1747) 竣工/永正4年(1507/室町後期) 竣工/江戸後期 竣工/元禄7年(1694)
★町指定文化財 ★国指定重要文化財 ★市指定文化財
鎌倉時代の建久6年(1195)に守護安達氏によって鎌倉鶴岡八幡宮から勧請された。慶長15年(1610)に代官伊奈忠次の新田開発祈願を契機に角渕から現在地の下新田に移された。


三間社流造、こけら葺。独立した建物だったが後に幣殿、拝殿が増設されて権現造の形となった。幣殿、拝殿の増築により浜床が撤去されて幣殿と一連の床が張られている


旧舘林藩の中級武士の住宅。平屋建で部屋を横一列に配置する武家住宅特有の間取り。間口8間半、奥行4間半、建坪28坪。群馬県内においても、現存する数少ない武家住宅の一つ


「ぶんぶく茶釜」で知られる寺。山門は通称「赤門」、法堂も茅葺。応永三十三年、正通は守鶴を伴い、館林の地に来住し、小庵を結ぶ。応仁二年、青柳城主赤井正光(照光)は、 正通に深く帰依し、自領地の内八万坪を寄進し、小庵を改めて堂宇を建立し、青龍山茂林寺を建立した。

 

 

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