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長谷川家住宅 佐藤家住宅 目黒家住宅 目黒家住宅
長岡市塚野山773-1 魚沼市大倉1273-1 魚沼市須原892 魚沼市須原892
竣工/享保元年(1716/江戸中期)頃 竣工/元文3年(1738/江戸中期) 竣工/寛政9年(1797/江戸後期 竣工/寛政9年(1797/江戸後期
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
江戸初期から庄屋を勤めた家柄。母屋は寄棟造、茅葺で、周囲には巾2-4mの堀を廻らせる。表門は長屋門形式の寄棟造、茅葺。現存する大型農家の類では北陸地方最古といわれる。

豪雪地に分布する中門造の形式を持つ農家建築の初期の遺構である。内部は広間型三間取りの本屋に「茶の間」を中心に座敷(でい)、土間(にわ)から成り、それに中門を付けた形式である。豪雪に耐えられるように太い柱や貫を多用している。 中世武士の系譜をひく豪農で、元禄年間は堀之内組のうち25カ村の庄屋の総代を勤めた。宝暦5年(1755)には名字帯刀を許され、安永年間には奉公人20人を数えたという。主屋は役宅を兼ねた豪農住宅である。
豪雪地帯農家の特徴を持つ近世村役人層の典型的な住宅建築。主屋は寄棟造、茅葺、桁行16間、梁間6間、正面の表中門は入母屋造で懸魚のつく千鳥破風。隣接する銅板葺の建物は離れ座敷で明治34年(1901)竣工。

 

西福寺開山堂 普光寺楼門 魚沼神社阿弥陀堂 星名家住宅
魚沼市大浦174 南魚沼市浦佐2495 小千谷市土川2-12-22 十日町市上野1045
竣工/安政4年(1857) 竣工/天保2年(1831/江戸後期) 竣工/永禄6年(1563/室町後期) 竣工/天保13年(1842/江戸後期)
★市指定文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
開山堂は、当山23世蟠谷大龍大和尚様により建立され、嘉永5年(1852)起工、に完成した。大きな鉄骨の覆い屋の中に有り、建築の美しさが損なわれている。雪国の中で維持の負担からか?。内部装飾の石川雲蝶の彫物は県指定。 (浦佐毘沙門堂楼門)総欅造で釘は無使用の楼門建築。日光の陽明門を模したといわれる。天井には絵師・谷文鳥の双龍図が描かある。二階には極彩色の天女の舞う姿が23枚描かれている。

元は別当寺(慈眼寺)の阿弥陀堂で、明治の神仏分離で神社内に残され「神輿舎」となっていた。方三間、宝形造、茅葺。豪雪地特有の軒先が極めて短く縁が造られていない造りである。

15代の歴史を持つ妻有郷随一の豪農商。間口17間(約31m)に及ぶ長大な母屋は柱、梁などが耐雪を考慮した太いものである。倉6棟、茶室2棟がある。内部非公開。

 

神宮寺本堂 神宮寺本堂 神宮寺山門 大泉寺観音堂
十日町市四日市1300 十日町市四日市1300 十日町市四日市1300 柏崎市大清水1502
竣工/江戸中期~後期 竣工/江戸中期~後期 竣工/江戸中期~後期 竣工/文禄2年(1593/安土桃山)
★県指定文化財 ★県指定文化財 ★県指定文化財 ★国指定重要文化財
大同2年(807)坂の上田村麻呂の開基と伝えられる。古代における県内屈指の禅寺だったと推定される。本堂(観音堂)と山門共に入母屋造、茅葺。 本堂は桁行8.7m、梁間10.66m、一間唐破風向拝付。出雲崎の大工棟梁の手による壮大且つ美しい御堂である。

山門は八脚楼門で下層に金剛力士、上層に阿弥陀三尊などが安置されている。


日本海を見下ろす海抜200mの山上にある。堂は桁行3間、梁間4間、寄棟造、茅葺。堂内右奥に萩材としては太さ日本一の「萩の柱」がある。

 

極楽寺経蔵 極楽寺経蔵 極楽寺経蔵 出雲崎の町並み
柏崎市若葉町2-1 柏崎市若葉町2-1 柏崎市若葉町2-1 三島郡出雲崎町
竣工/文政10年(1827/江戸後期) 竣工/文政10年(1827/江戸後期) 竣工/文政10年(1827/江戸後期) 竣工/
★国登録文化財 ★国登録文化財 ★国登録文化財
庫裏の北側にある。桁行7.3m、梁間5.6m土蔵造り、正面寄棟造、背面切妻造、桟瓦葺。主面側に棟に宝珠を飾り宝形造風に見せるという複雑な形である。

内部は前後を二室に分け全室に八角輪蔵を設けるという特殊な経蔵。正面壁面左右に見事な鏝絵がり興味深いが詳細不明。本堂も江戸期のもので同じく国登録文化財。

  江戸時代は、佐渡金銀の荷上げ北前船の寄港地として賑わい幕府の天領であった。街道に面して4㌔にも及ぶ長い妻入りの木造集落が並ぶの様は圧巻である。伝建にならないのは何故かと思うほど見事な集落である。    

 

浄興寺本堂 天津神社拝殿 能生白山神社拝殿 能生白山神社本殿
上越市寺町2-6-45 糸魚川市一の宮1-3-34 糸魚川市能生7239 糸魚川市能生7239 
竣工/延宝7年(1679/江戸前期) 竣工/寛文2年(1662/江戸前期) 竣工/宝暦5年(1755/江戸中期) 竣工/永正12年(1515/室町後期)
★国指定重要文化財 ★市指定文化財 ★国指定重要文化財
延宝6年には再建を目的とした歓進興行が江戸において寺社奉行承認の下で行われた。本堂の北余間裏に延宝7年の墨書が残されている。真宗の建築様式と雪国の風土になじむ、地方色がみられる。 平入、入母屋造、茅葺の大きな建築で、天明3年(1782)に尚幣殿が増設されている。本殿は寛政9年(1797)に糸魚川の大工・相馬十郎左衛門正信によって建てられた。
拝殿は褄入りで入口に唐破風をつける。宝暦5年の竣工で桁行8間、梁間5間、入母屋造、正面唐破風造、茅葺の大きな建物で市指定文化財。

棟札、墨書等から、永正12年の建立、三間社流造の前面に一間の向拝が付く。本殿の組物、蟇股等は室町時代の特色(禅宗様式)をよく示し、和様を主体とした手法の中に唐様肘木を使用している。

 

2020.02.10

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