岐阜県

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高山の町並み 吉島家住宅 日下部家住宅(日下部民芸館) 松本家住宅
高山市上三之町 高山市大新町1-51 高山市大新町 高山市川原町125
竣工/ 竣工/明治40年(1907) 竣工/明治12年(1879) 竣工/文政9年(1826/江戸後期)
★伝統的建造物群保存地区 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
城下町の中心に残る商人町の上町、下町、三筋の町並みが保存地区で、この辺りが観光のメイン。出格子の家が連なっており、その多くは土産物屋などである。「吉島家」「日下部家(民芸館)」は国重文。内外の観光客で混雑するが一度は見ておくべき町並みではある。

吉島家は江戸後期頃から生糸繭の売買などで栄えた。建物は全体に立ちが低く細部の表現が繊細で穏やかである。内部は主屋と突出部からなり、吹抜部分に縦横に組まれた梁と小屋材は見応えがあり美しい。



吉島邸に隣接する。江戸時代の建築技術の集大成された結果の建築と言われ、意匠は華やかで男性的であるともいわれ、対して吉島家は繊細で女性的ともいわれる。二軒並ぶ姿は白眉である。



高山市は明治8年に大火で多くの家が類焼したが松本家は被災を免れた。市内にある町屋の最古に属する。裏手の漬物蔵窓框の「文政9年」の墨書きがあるのでその頃の竣工と見られる。主屋の通り庭から漬物蔵に両下造の通路が造られコの字状の主屋を囲んでおり、近世末の高山の標準的町屋の構えとなっている。

 

旧高山町役場(市政会館) 料亭 洲さき 料亭 洲さき 料亭 角正
高山市神明町4-15 高山市神明町4-15 高山市神明町4-15 高山市馬場町2-98
竣工/明治28年(1895) 竣工/寛政6年(1794/江戸後期) 竣工/寛政6年(1794/江戸後期) 竣工/江戸末期
★市指定文化財 ★市指定文化財 ★市指定文化財 ★県指定文化財
三町伝建地区の南端にある。古い町並みを見渡すようにある。入母屋造。大工棟梁は名工と言われた坂下甚吉で、舟坂直蔵、白川惣六ら多くの職人たちによって建てられた。
岐阜県最古の料亭。天領時代の風情を伝える出格子の表構え、土間周りの吹抜け空間が美しい。


控えめな町屋造りの外観からは想像し難い内部空間を持ち、伝統的な軸組工法による見事な商家建築である。


当家は文政期の郡代役所出入医・円山東巒の住居だったものを、後に角竹家が購入して料亭にしたという。主屋は高山の伝統的町屋と異なり、屋根は急勾配で、妻入である。

 

国分寺本堂 国分寺三重塔 神明神社絵馬殿 神明神社絵馬殿
高山市総和町1-38 高山市総和町1-38 高山市天性寺町 高山市天性寺町
竣工/室町中期 竣工/文政4年(1821/江戸後期) 竣工/江戸中期 竣工/江戸中期
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★県指定文化財 ★県指定文化財
奈良時代には壮大な伽藍があたっという。本堂は室町中期の竣工。桁行5間、梁間4間、向拝1間、四方廻縁付、銅板葺屋根柱、垂木などの構造材は太い。 飛騨では唯一の塔建築。庶民の喜捨浄財金800両を集め、大工手間5500人工をかけて、三重塔は文政4年竣工、方三間、塔高22m。棟梁・三代目・水間相模。 もとは高山城内の月見殿であったが、元禄8年、高山城破却の際に移築された建物だと伝えられる。桁行6.32m梁間4.25m、寄棟造、銅板葺、廻縁親柱高欄付。 四方吹放ちで壁のない空間に大きな面取りをした角柱が立つ。角柱頭部には曲線を持つ肘木で軒を受ける。建物全体が低く、優雅さがある建築である。

 

照蓮寺本堂 荏名神社文庫蔵 荒川家住宅 安国寺経蔵
高山市堀端町8 高山市江名子町1290 高山市丹生川町大谷141 高山市国府町西門前474
竣工/永生年間(室町後期) 竣工/弘化2年(1845/江戸後期) 竣工/寛政8年(1796/江戸後期) 竣工/応永15年(1408/室町中期)
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国宝
書院造を基調とした真宗寺院最古の遺構である。荘川むら中野にあって御母衣ダム建設に寄り現在地に移築された。桁行7間、梁間9間、入母屋造、ちち葺形銅板葺、棟梁・池守源吾 国学者・田中大秀の文庫蔵。火災と鼠害に備えて池中に建てられている。上階の前面の明かり窓を設ける。昭和51年、瓦葺を鉄板葺に替えている。撮影時は池に水無し。
元禄以来庄屋を勤めた旧家。二階建、切妻造、板葺石置屋根。居材を利用して梁間を広げ、平面は飛騨民家の発展形式を示す大型民家である。化粧貫を各所に見せる民家の中では古いものに属する。 唐様素木造の簡素ながら雄大な建築で、飛騨地方唯一の国宝建造物である。内部にある八角形の輪蔵は回転式のものとしては日本最古である。内部拝観は予約。

 

荒城(あらき)神社本殿 薬師堂 薬師堂 飛騨古川の町並み
高山市国府町宮地 飛騨市神岡町小萱 飛騨市神岡町小萱 飛騨市古川
竣工/明徳元年(1390/室町前期) 竣工/室町前期 竣工/室町前期 竣工/
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財 
延喜式神明帳に飛騨国内の八社のひとつとして記されている。三間社流造、こけら葺、棟は箱棟、軒は二軒繁垂木で母屋は円柱の上に舟肘木を置く。向拝の柱は方柱で1/9だけ大面取りし、この上の唐様三斗を置く。全体に優雅な姿である。 瑞岸寺安楽院薬師堂はその所在地名から小萱薬師堂の名で知られる。現在の建物は昭和の保存修理で鎌倉時代建立の前身堂の部材を利用して室町初期に建立されたものと判明した。方三間入母屋造、こけら葺。柱は円柱で柱頭に舟肘木がのる。軒は一間。 見晴らしの良い高台にたつ。小萱薬師堂に安置されている「懸仏」は銘文から永仁7年に製作されたもので、左兵衛尉藤原国家が大旦那、願主は覚祐、桜材、鎌倉時代の懸仏として岐阜県指定文化財に指定されている。円空の木造薬師如来像も2体安置。 壱之町など高山に似た町造りで千本格子、白壁の商家が町並みを構成している。町の裏手を大きな鯉が沢山泳ぐ小さな瀬戸川の清流と土蔵群が見事な景観を生んでいる。高山よりスケールは小さいので短時間で散策できる。高山よりやや静かである。

 

八ツ三館 種蔵の集落 種蔵の集落 荻町合掌集落
飛騨市古川町向町1-8-27 飛騨市宮川町種蔵 飛騨市宮川町種蔵 大野郡白川村大字荻
竣工/明治38~(1905-) 竣工/ 竣工/ 竣工/応長元年(1311/室町初期)
★国登録文化財 ★伝統的建造物群保存地区
江戸末期に越中八尾からきた三五郎という人物がこの地で旅館を始めた。八尾の八と三五郎の三を採って館名とした。製糸業が盛んな時代は飛騨から信州に出稼ぎに行く女工達の検番宿、集散場所でもあった。客室毎にデザインを変え見応えがある。「招月楼(明治38)」は国登録文化財。 飛騨から富山に抜ける国道41号を走ると「棚田と板倉の里 種蔵」の看板に出会う。単線橋梁を潜り15分も登ると視界が開けて集落が現れる。全国でも稀な石積の棚田が広がり板倉が点在する。古民家を改修した宿泊施設も一軒ある。観光化が過ぎないで欲しい集落である。   白川郷は大野郡白川村、高山市荘川町、高山市清見町(一部)の総称だ。言うまでも無く合掌造りの民家群である。合掌造りは軸組み部に小屋組み部をくみ上げていく屋根勾配45~60度の家で、その前身は縄文竪穴住居と言われる。荻町はその数も多く、今は全域が観光村となっている。

 

和田家住宅 遠山家住宅(遠山民俗館)    
大野郡白川村大字荻 大野郡白川村大字御母衣125    
竣工/江戸末期 竣工/文政10年(1827/江戸後期)頃    
★国指定重要文化財 ★国指定重要文化財
江戸時代は牛首口留番所役人や庄屋を務め、名字帯刀を許された家柄。合掌造、桁行22.3m、梁間12.8mで二階より上で養蚕が営まれていた。主屋は西側正面の平入で、主屋の手前に便所、後方に土蔵がたつ。 能登の大工にいよって建てられた、嘉永7年に改築された4階建の合掌造民家。1階部分は居住空間で上階では養蚕が行われた。床下では火薬の原料となる焔硝造りが明治中期まで行われていた。ブルーノ・タウトも訪れている。  

 

2020.03.31

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